腰痛日記⑥動けなくなってから一ヶ月 まっすぐ立てるように
歩けなくなったあの日から――私の腰のリハビリ記録
洗濯干してたら動けなくなったあの日から、1ヶ月が経ちました。
その1ヶ月の私のヘルニア奮闘記です。
【1週目】動けない日々
90度に折れ曲がった腰。突然の激痛に、動けず立てず、ただ呆然としていました。ブロック注射でどうにか立てることはできたものの、腰は60度ほど
夜は3時間ほどしか眠れず、ベッドに横になっても痛みで起きてしまう。「これ以上強い痛み止めはありません」と言われた薬でも痛みは治まらず、朝晩の座薬がどうにかの支え。
階段を降りるのに10分、立ち上がるのに1時間。昼間はただひたすら痛みと闘い、動画を流して気を紛らわせていました。記憶がほとんどないような数日間、夫が仕事をしながら家事をすべて担ってくれていました。感謝しかありません。
【2週目】わずかな希望
腰の角度は40度に。痛みやしびれは少しマシになり、動作もゆっくりながらできることが増えました。
階段は5分で降りられるように。洗濯物も少しずつ干せるようになりました(とはいえ1時間かかりますが)。
炊飯器のセットもできるようになり、小さな「できた」が少しずつ増えていきます。
頭の半分は痛みに支配され、娘との会話もぼんやり。あまりに動作が遅い私に、
娘は「認知症じゃないよね?」と心配していました。(さすがにそれは早いと思うけど、ちょっと笑ってしまった)
【3週目】体が、少し応えてくれる
腰の角度は20度まで回復。午後になると、動ける時間が増えてきました。夜も7時間まとめて眠れるようになり、ようやく「回復してきている」と実感。
痛み止めを飲まずに過ごせる日も増え、気持ちも少し明るくなりました。
ただ、総合病院での長い待ち時間の翌日には、痛みとしびれがぶり返すことも。「無理をして、逆に悪化していないか?」という不安も拭えません。
(病院の待ち時間、あれは腰に試練を与えてくるトラップ)
【4週目】ついに、まっすぐに!
腰がまっすぐに✨
憧れていた「真っ直ぐに立つ人」に、やっと自分がなれました。まっすぐ立てるって、かっこいい。こんなに素晴らしいことだったなんて。
家での家事は一通りこなせるようになり、自分を取り戻しつつあります。杖なしでコンビニまで歩いてみたものの、途中で腰が曲がって焦る……。やっぱり杖はまだ必要だと実感しました。
腰が曲がり始めてからを含めると、真っ直ぐ立てるようになるまで約1ヶ月半かかりました。
正直、本当に元に戻れるのか、不安でたまりませんでした。「このままずっと曲がったままだったらどうしよう」「おばあちゃんになってからならまだしも、まだ40代で……」
そんな思いが、何度も頭をよぎりました。でも、時間がかかっても、少しずつ少しずつ、体は応えてくれました。
そしてもう一つ、心の支えになったのは、病院の受付の方や先生方、リハビリの先生が、いつも変わらずあたたかく受け入れてくださったことです。
弱っているときの親切は、本当に心にしみます。あらためて、とっても
素敵なお仕事なんだなと、心から思いました。
また今後の記録を書いていこうと思います。
この記録が、痛みの中にいるどなたかの希望につながりますように。
そして、関わってくださったすべての方に、感謝の気持ちを込めて。
読んでくださってありがとうございます。
腰痛日記⑤レントゲンとブロック注射
こんにちは。腰痛日記④の続きです。
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そして、レントゲン撮影をするとき、医師からまさかの「何も持たずにまっすぐ立ってください」とのお言葉。
「え!何も支えを持たずに!?まっすぐ?
…腰が思いきり曲がってる私に、それはどう頑張っても無理な話。
どうしよう…と困っていると、すぐに理学療法士の方が「私が支えます」
と声をかけてくださって。
そのおかげで、なんとか無事にレントゲンを撮ることができました。
それから、ブロック注射を2本打ってもらうことに。
今までは「ブロック注射って骨の近くの神経に打つやつでしょ? こわいこわい! 絶対ムリ!」
と逃げ腰だったのですが、
その日はもう、そんなこと言ってられない。「この痛みから一刻も早く解放されたい!」
ただただその一心でした。
打つとき、「注射、痛いですよ〜」と先生に言われましたが、
正直、ヘルニアの激痛のほうが強すぎて、注射の痛みなんてほぼ感じませんでした。
「なんか針のようなものが当たった…かな?」って程度。
そして、注射後。あれだけの激痛が、すーーーっと引いていったんです。
ブロック注射、すごい!!
そのあと点滴もしてもらい、ようやく立てるように。
背中の曲がりも、90度から50度くらいには戻った感じです。
痛み止めの薬をもらって、
夫はそのまま家に戻って、夜までまた仕事へ。助けてくれてありがとう。
そして、こんなドタバタ劇のあとでも、仕事に戻って、忙しい中…ありがとう。
そして何より、私のレントゲンを支えてくれた理学療法士さん。
今日の私には、あなたが神でした。本当に感謝しています。
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以上私の動けなくなったヘルニアで動けなくなった体験記でした。
読んでくださってありがとうございます。また経過等少しずつ書いていきたいと思います。
同じような症状に悩んでいる方がいたら、無理せずに早めに受診してくださいね
腰痛日記④診察室まで
こんにちは sunriseです。
腰痛日記 続きです。
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ラインに返信してから1時間ほどして、夫が帰宅してくれました。
「ここー!」と、二階から声を振り絞り、夫に支えてもらって、なんとか立ち上がることができました。
ドラマのワンシーンみたいだけど、実際に「一人じゃ絶対立てなかったのに、支えてもらうだけで立てるんだ…」
と、そんなシンプルなことに驚きながら、一階へ。
そこから病院を探し始めました。
大きな病院に何件か電話をかけてみたものの、整形外科はどこも午前中で受付終了とのこと。
仕方なく、以前お世話になったクリニックに行くことに。
靴も靴下も履けない私は、サンダルを足に引っ掛けるのが精一杯。
どうにか車に乗り込みました。
90度近く曲がった自分の体。
「まさか40代でこんな姿になるなんて…」と、情けないやら信じられないやら。
駐車場からクリニックの入り口まで、たった30メートルほどの距離。
それも、夫に支えられて、やっとこさの到着でした。
医師に「なんでこんな状態に?」と聞かれたけれど、私が一番知りたい…。
「洗濯を干していただけなんです」と答えると、先生もちょっと苦笑い。
2週間前の診察で「仙腸関節炎かもしれない」と言われて様子を見ていたのですが、
今朝、突然、まったく動けなくなってしまったのです。
診察後はレントゲンを撮ることに。
ここまでたどり着いただけで、すでに全エネルギーを使い果たした気分でした。
・・・・続く・・・・・・
腰痛日記③(救急車を呼ぶ?迷いと鍵のジレンマ)
こんにちは!sunrise です。
腰痛日記②の続きです
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寝室までたどり着いたものの、ベッドに上がれず床でころがること数十分。
「いたい、いたい、いたいよ…!」
救急車を呼ぶべきか迷いました。
動けないし、痛いし、救急車よぼうか?でも命に関わるわけじゃない。
まだ我慢できる…?
いや、もう無理。
でも鍵が閉まってるし、救急隊が入ってこれない…。
あ、鍵がかかってたら、一人のときに救急車呼んでも困るんだ。
んー。防犯と急病時、どっちに重きをおくべきだったんだろう?
そんなことを思いながら、痛みに耐えていると、ふと思いました。
「この痛み、何かに似てる……あ、出産のときの陣痛だ!」
あのときは、頑張った先に可愛い赤ちゃんがいた。
でも今回は、何も生まれてこない。ただただ、痛いだけ…。
「もう無理…夫に戻ってきてもらおう。」
やっとの思いで夫にLINEを送り、床に転がりながら、痛みに叫び、もだえ続けること1時間。
ようやく夫と連絡が取れて、帰ってきてくれることに。
このときほど、夫の存在をありがたく思ったことは、ありませんでした。
・・・・・続く・・・・・
腰痛日記②歩けなくなった!
こんにちは。
腰痛日記①のつづきです。
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その日も腰を曲げたまま家族を見送り、
洗濯物を干していました。
すると突然、足に激痛。歩けなくなりました。
「足をブラブラさせれば、また動けるかも」と壁に手をつき、
片足立ちで足を動かしてみるものの、激痛で足をつけない。
ほんの一歩すら、痛くて踏み出せない。洗濯物はそのまま散乱。
困った困った、本当にどうしよう。
「せめてベッドにたどり着ければ…」と、歩くことを諦めて、四つん這いに。
でも、今度は左膝をついた瞬間、またもや激痛。
え…ハイハイもできないの…?
絶望しながら、身体中の力を振り絞り、ほふく前進でゆっくり前へ。
なんとか2階の寝室までたどり着いたものの、
ベッドに上がる力すら残っていませんでした。
・・・・・続く・・・・・
オクラ
ここ数年タネから植えてるオクラ。
今年は時期を逃し苗を買って植えました。
ズボラな私でもそんなに手をかけずどんどん育ってくれる。比較的育てるのが簡単な野菜。
今年も成長が楽しみです。
